湖上オペラについて

榛名湖・湖上オペラを夢見て

一般社団法人 群馬オペラ協会
代表理事 角田和弘
私がミュンヘン国立音楽大学に留学していたころ、オーストリアのブレーゲンツで湖上オペラをやっているという話を聞き、一度だけ見に行ったことがある。もう、30余年前のことである。
 
その時のブレーゲンツ音楽祭では「カルメン」をやっていた。今でも記憶に残っているが、序曲とともに花火が上がり、女工の喧嘩のシーンでは、投げ飛ばされた女工が、一人湖に落ち、また一人反対側に落ち、その瞬間はビクッとしたものだった。さらには三幕では舞台上に滝が流れ、馬が走り、フラメンコの踊りが入り、なんて面白い舞台何だろうと思った。これはオペラというより、ショーである。そんな気持ちにさせてくれたオペラ公演だった。
 
そもそも私が声楽を始めた切っ掛けは、中学3年生の時に音楽の先生に「君は良い声をしているから歌を勉強してみてはどうか?」と勧められた。その言葉が今の私に繋がっている。その中でオペラの素晴らしさに魅了されたのが、大学2年の時に見たミラノ・スカラ座の引っ越し公演「オテッロ」だった。カルロス・クライバーの指揮、フランコ・ゼッフィレッリの演出、そして主役のオテッロ役はプラシド・ドミンゴだった。バイトで貯めた貯金を10万円以上も注ぎ込み、その「オテッロ」を3回も見に行った。客電が消え、真っ暗になった時、いきなり稲妻とともに雷鳴がなり、音楽が始まった。そして、そこには嵐の中で我が国の勝利を願う人々が雨風に打たれながら歌っていた。そこには、ホールでのオペラ公演とは思えないほどの臨場感があり、別世界があった。この公演を見て、私はオペラの醍醐味を知った。そして、自分は客席で見る人間より、あの舞台の上で演じる歌手になりたいと思ったのだ。
 
私は本格的にオペラの勉強に専念し、大学院に行き、大学院修了後は一年間大学院の助演をやらせていただき、DAADの給費留学生として、ミュンヘン国立音楽大学へ留学させてもらうことになった。その矢先、ブレーゲンツに出かける機会を得たのであった。私はそのショーのようなブレーゲンツでの湖上オペラを見て、益々オペラの虜になり、これなら、日本でも絶対に受けると思った。そして、それを自分の地元・群馬県でできないだろうかということを真剣に夢見るようになった。
 
ミュンヘン留学中に出会ったテノール歌手、故・山路芳久さんの勧めで、当時の藤原歌劇団の総監督・五十嵐喜芳先生のオーディションをイタリア・ミラノで受けることになった。バリトンからテノールに代わって、まだ1年も経っていなかったが、五十嵐先生は、「また1ヶ月後に来るからそれまでにオペラ『椿姫』を全曲勉強しておくように」と仰って帰国された。
 
そして1ヶ月後、再びミラノへ五十嵐先生に歌を聞いていただきに出かけた。結果は「この後、日本でオーディションがあるので、今は何とも言えないが現時点では君にアルフレードを歌ってもらおうと思っている」と仰ってくださった。結果としては、1988年3月の藤原歌劇団の『椿姫』のアルフレードでのデビューが決まった。
その後も藤原歌劇団で様々なオペラ公演に出演させていただき、89年から2年間文化庁在外研修員としてミラノへの留学が決まった。
 
2年間の勉強を終えて帰国してからも、藤原歌劇団を中心に活動させていただいていたが、そんな中、出身地・群馬県から群馬でオペラ団体を作ってほしいという依頼を受けた。2001年に群馬に国民文化祭が来る。それに向けて、若いエネルギッシュなオペラ団体が必要だとのことだった。1995年のことだった。「オペラ・アンサンブル・ぐんま」という団体を立ち上げた。県内で年に1度のオペラ公演をやるようになり、その資金を捻出するために数回のコンサートを行った。
 
2001年「国民文化祭・ぐんま2001」。創作オペラ「みづち」の完成。関東首都圏の水源地でもある群馬県にふさわしいオペラ、水の神様「みづち」の物語である。国民文化祭での公演は大成功。翌年も笠懸で再演。2004年には日本オペラ協会との共催で新国立劇場でも上演。私としては大きな業績となった。
 
話は前後するが、新国立劇場のオープニングの「アイーダ」ではゼッフィレッリの演技指導を受けながら舞台に立つ機会を得た。学生時代に見たあの「オテッロ」の演出家と一緒に仕事が出来たのだ。新国立劇場・藤原歌劇団の公演では、本当に多くの素晴らしい指揮者・演出家、そして歌手と共演の機会を与えてもらった。ダニエル・オーレン、ピエーロ・カップッチッリ、レナート・ブルゾン、ジュゼッペ・ジャコミーニ、アルベルト・クピードなど。そして、夢は叶えるためにある。夢は叶うもの。と思えるようになってきた。
 
ブレーゲンツの湖上オペラを群馬でやりたい。しかも竹久夢二が美術学校を作ろうとしていたほど、その美しさに魅力を感じていたという榛名湖でやりたい。私の夢はどんどん膨れていった。
 
様々な人と出会い、仕事での行動範囲も広がっていった私は、県内でも偉い方々とも接触できるようになっていった。そして、行政・民間の実力者と言われる方々に榛名湖・湖上オペラの構想をいたるところで話した。しかし、「凄いね」「面白そうだね」と多少の興味は持ってもらえるものの、だれ一人、それを「やりましょう」という人は現れなかった。現実的に考えれば、確かに不可能なのかもしれない。でも、私はあきらめなかった。必ずいつか「一緒にやろう」という人が現れると思って。
 
ブレーゲンツのオペラを見てから20数年が経過した。榛名湖でイルミネーションをやっていることを知った。それは、冬の寒い榛名湖に2万人以上が押し寄せるイベントであることも知った。この実行委員会の人に会いたい。そう思い、榛名湖イルミネーションを訪ねた。そして、一人の実行委員の方と会い、話をした。
ブレーゲンツの湖上オペラの話、それをここ榛名湖でやりたいという話。その人は言った。「一緒にやりましょう」と。20数年間、思い描いてきた夢が動き始めた瞬間だった。
その人は、いきなり湖上オペラは難しい、だから湖畔にある「湖畔の宿記念公園野外劇場」で音楽祭をしましょうと提案してくださった。早速翌日、その野外劇場を見に行った。小さな劇場だが、榛名湖も見え、榛名富士も見え、まさに美しい景観である。そしてそこには竹久夢二が美術学校を建てようとした名残として、アトリエが今でも残っている。
そうだ、まずはこの野外劇場で「榛名湖ミュージックフェスティバル」を開催しよう。そして、すぐに動いた。時間はなかったが一気に進めたかった。この20数年間で私を支えてきてくれた方々に実行委員になって頂いて、「榛名湖ミュージックフェスティバル実行委員会」が立ち上がった。そして、私が初代の実行委員長をやらせてもらうことになった。
 
それから約半年で準備を進め、2013年8月には、「第1回榛名湖ミュージックフェスティバル」を開催した。8月の第1金曜日が榛名湖の花火大会ということもあり、その金曜日と翌々日の日曜日の2日間に渡って開催された第1回目は、出演者120名、観客約400名と盛大なイベントとなった。
 
その後も開催をつづけ、2019年はすでに第7回目となった。さすがに2020年は新型コロナウィルス感染症が拡大し、中止せざるを得なかったが、また来年以降続けられたらと思っている。
 
それと前後して、榛名湖の湖上特設ステージで音楽会をやろうという話が2015年の春頃から沸き上がり、9月には「第1回榛名湖湖上音楽会」を開催した。とても良い天気に恵まれ、朝から榛名湖畔に和太鼓の音が響き渡った。午前中は和太鼓2団体、尺八、ロック、フラダンスという5団体が出演し、絶景の景色をバックに演奏や踊りを披露し、集まった聴衆は湖畔からその美しい景色と湖畔に鳴り響く音楽を聞いて、大きな拍手を送る。
午後は自分の率いるオペラ歌手を中心としたグループで、オペラコンサートを開催。歌手3名のほかにフルート、トランペット、トロンボーン、ピアノが入り、日本の歌、ドイツ歌曲、オペラの中からアリアなどを演奏し、「ブラヴォー」の声も飛び交った。中でも、ソプラノ歌手が歌ったオペラ「カルメン」の中のミカエラのアリアは船頭付きの手漕ぎボートで登場してもらい、観客をビックリさせた。
 
そして、2020年東京オリンピックの年に「第1回榛名湖・湖上オペラ」実現を夢見るようになった。2020年の湖上オペラを成功させるためには小規模でも良いからプレ公演をしようということになり、2019年「榛名湖・湖上オペラプレ公演」として「白馬亭にて」というオペレッタを取り上げることにした。
「白馬亭」の舞台はザルツカンマーグートというとても美しい山と湖の街で、そこに現存する「白馬亭」というホテルが舞台である。榛名湖の美しい山と湖がそのザルツカンマーグートを思わせること間違いなしと思い、この演目にした。
2019年9月7日(土)・8日(日)の2日間に渡り、満員の観客とともに素晴らしい公演が出来た。ボートも使った。オートバイも使った。雨も降らせた。花火も上げた。ご来場いただいた方々は「凄い楽しかった。良かった。来年も楽しみにしています。」といって会場を後にされた。
 
予定していた2020年の本格的な湖上オペラ第1回は、群馬県のオペラ「みづち」を上演予定であったが、残念ながらコロナ感染症拡大のために中止になってしまった。
来年こそはやりたいと思っているが、どうなることか?
 
でも、この榛名湖・湖上オペラは世界の通じるオペラ公演が出来る場所になっていくと思う。世界各国からの歌手にも歌ってもらいたい。若手の歌手の発掘もしたい。
 
日本初の本格的湖上オペラ公演は様々な可能性を見出しながら、夢から現実のものになろうとしている。

【動画】 2019年 湖上オペラ「白馬亭にて」抜粋(45MB)

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